「FACES PLACES」のカスタマーレビュー
消費したくても出来ないアルバム
消耗されず、消費されず、
それこそ「顔」のように存在する一つのシンボルみたいなアルバムです。
心を奪われてしまう。
また、90年代の邦楽界を覗くための望遠鏡でもありますね。
当時のバーチャリティの普及を描いたtrfの「World Groove」などにも共通するコンセプトを感じる。
我々の生み出した産物は、我々を侵食する。
我々の愛をも破壊する。
リアリティをも腐食する。
全作の「光」の裏を担当する「影」…、それを伝えてくれた。
このアルバムは一つのリアル、それこそ一つの「顔」でもあったのだ。
「顔と顔を寄せ合い慰め」あった「二人」は、その後どうなったのだろうか?
現代社会の閉塞感を歌った見事なアルバム
6人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
どこに向かって、
何を信じて歩いていけばよいのかわからず、
迷い、悩み、彷徨い続ける現代人の閉塞感を、
これほどまで見事に歌い上げた曲はない。
「FREEDOM」を進化させ、
さらに壮大な曲に仕上げた、完成度の高い曲。
出だしの部分を聴いただけで、
涙が出てくるような切なさもあり、
そうした中でKEIKOが泣き叫ぶように、
高音で歌っていくのが、
まさに今の社会を象徴しているというか。
現代社会の映し鏡のような見事な曲です。
今までにないパワーとドライブ感
5人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
J-Popを変革した歴史に残る名盤と言える一枚。
タイトル曲「FACES PLACES」で、KEIKOのシャウトに入る前のタム回しを耳にし、
これまで聴いて来た音楽と全く違う衝撃に出会った人は多いはずだ。
小野かをりによるPer.+Drum Kit(3Kitくらい使っているのか?)と、
ケンジ・サノによるベースが重層的に重なることにより、
今までにないパワーとドライブ感が醸し出されている。
それまでのJ-Popでは、この低音域が活かされた楽曲は少なかったのだが、
Eddie DeLena、Stu Brawley、Andrew SchepsなどLAシーンを牽引するエンジニア達が、
楽器の持つパワーを劣化させることなく、一つの楽曲にまとめ上げた。
藤井徹貫氏が時々言及している「J-Popの低音域の拡張」は、
特にこのアルバムがブレイクスルーになったと言えよう。
最近は、全体に音量が大きいアルバムや、
カットオフで同じ帯域で複数の音色の重複を避けている楽曲が主流だが、
その手法は画一的になって来ている気がしている。
本当の意味で、必要な音を整理できて、
場面に応じた聴かせる音を明確にできているだろうか。
その点、このアルバムには今の時代においても手本となるノウハウが詰まっている。
globe2ndにして最高
3人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
globeの2ndは1stから変わって、ハイテンション。
また、ラブソングも多かったり。
古臭さを感じさせない
13人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
懐かしくなり久々に聴いてみたが、洋楽ばかり聴いていた耳にも、10年経った今でもほとんど古臭さを感じない。
特にoverdoseからFACES PLACESへの展開は秀逸。97年当時、J-POPでこれ程の音の厚みとコアな要素を含みながら、それでも一般ウケするような曲調に仕上げたことは驚きだ。M6の導入のグルーブ感は今聴いても新しい。
セールス狙いの作品とも思われがちだが、随所にインストゥルメンタルを入れたり、アルバム全体の曲調も暗めに抑えられていたりと意外にもストイック。シングル曲をアレンジしたのは作り手として賢い判断だったと評価できる。
これ以降ボーカルの質は徐々に下がっていくが、サウンドメイキング、ミキシング、演奏と全てが驚異的な高みで結実しており、おそらく何かひとつ欠けてもこの作品は生まれなかっただろうと思う。
現在の「全部同じに聴こえるJ-POP」で満足している世代に、せめても聴かせてやりたいとすら感じる。
改めて小室哲哉を見直した1枚。90年代の名盤だろう。