本書は平澤さんが自らの失語症体験を通して、社会への失語症理解、病院外でのケアの必要性を訴えかけたものだ。
失語症は、「聞く、話す、読む、書く、計算する」などに困難が生じる。そのため身体に障害がある患者と違って、本人が黙っている限り外見からは判断しにくく、痴呆症と間違えられてしまうという憂き目もみている。
平澤さん自身は、
「失語症とは、そんなに簡単に「治った」なんて言える障害ではありません。確かに、日常的コミュニケーション能力を獲得するところまでは回復しますが、発症から二、三年ではそのレベルにはなりません」
とおっしゃっている。つまり、言語治療はたった2,3ヶ月の外来治療だけでは完結せず、むしろ、日常生活の中で患者が積極的に言葉を使える環境を作っていくことが重要だということだ。
しかし、言語障害を持つ患者は障害を隠すためになかなか世間と交わらず、塞ぎこむ傾向がある。だから本書では「失語症友の会」など患者が同じ障害を持つ人と出会える場の提供、地域での活動の必要性が何度も説かれている。
失語症者には、言いたいことが頭には浮かぶのに言葉に出せないということがあるようで、「できないことづくめ」という自己嫌悪に陥る人が多いようだ。そこで、私たちが追い討ちをかけるように、「名前は?」「これはなんですか?」と無分別に聞く、訓練する、というのはおこがましいことではないか。「失語症は孤独病だ」と平澤さんはいう。患者を孤独にさせないために、周りの精神面での配慮が必要だ。
最後に、失語症の理解で、ジャン=ドミニク・ボービー『潜水服は蝶の夢を見る』がお薦めだ。代替的なコミュニケーションを用いて自伝を書き上げる姿は障害を持つ人に勇気を与えるはずだ。患者、家族のみならず、医療関係者もぜひチェックしていただきたい。

失語症者への理解