ネオコン=トロツキズム同根説が一時はやった。トロツキズムの世界革命とネオコンのそれが同じだとか。でも、トロツキーの永続革命論を読めばわかるけど、ちょっと同じとは言えない。
それよりも、イデオロギー先行性・即物性のなさという「強さ」を、左翼から継承しているところにネオコンの原理的な強さがある、という本書の「同根説」は一定うなずける。また、同じような継承関係が日本の左翼からの「転向組」にもみられるというのも、なるほどそのとおりだとおもう。
ただ、戦前のトロツキストから新保守主義派へと至る過程の叙述については、検討の余地があるようにおもう。決して間違っているとはいわないが、ユダヤ人問題、知識人と社会との関係、社会主義・共産主義、労働組合と社会民主主義等々の「特殊アメリカ的」な側面を論じていかないと、あのネオコンの特徴は明らかにされないとおもう。「主に批評家の集団がなんであんな力をもっているのか」とか。

特殊アメリカ的な側面がえがけているか
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