「供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)」のカスタマーレビュー
静かにあつい
3人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
言論弾圧下にある言論家には、大別すればだいたい次のようなものになるはずだ。
言論弾圧を苦々しく思いながらもそれに服従する(せざるをえない)人と、あまり考えずにその中で生きている人、そして数少ないながら、言論弾圧に真っ向から立ち向かう人。
主人公はあきらかに、あまり考えていない人だった。
政治の話はカフェの給仕に聞く始末、それについて意見を言われても「僕の仕事は文芸だから」と一蹴するような。
その彼がなぜ、反政府運動に巻き込まれることになったのか。
小説の大筋はここにあるが、自分が意識、理解する前に、すでに道を歩き始めることもあるという、人生の不可思議さがここでは語られている。
かつて日本もファシスト政権下にあったわけだから(革命は起こってないが)、そこらへんも意識して読んでみるといいかもしれない。
うだるような暑さと砂糖一杯のレモネードと、ペレイラの奇妙なまでの静かさが対比しておもしろい。
静かにあつい空気は、赤道近くの国の文学ならではか。
真っ向勝負なタブツキ
11人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
時空の移動や視点のブレといった、ある種現代文学のお約束と化している手法を使わず、あのタブツキさんが真っ向勝負を挑んだ小説。
ストーリーは途中で予想がつき、意図的に神秘ぶったところもなし。それが良いか悪いかは読んでみなさんで評価を是非どうぞ。
おばかな私の読中感想は「ポルトガルって結構暑いんだあ」というどうしようもないものですが、不思議に最後までするする読めてしまいました。
読みはじめ、読んで、忘れる。そして何かが残って、時々思い出す。
そんな作品です。
「抵抗」についてのタブッキ的小説
22人中、18人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
あのタブッキが珍しく人間の勇気や生きる意味をテーマに書いた小説である。いつものしんと染み渡ってくるような幻想性は影を潜めており、「インド夜想曲」や「レクイエム」の夢幻劇的な世界に魅せられた読者は最初は戸惑うかも知れない。ファシスト政権下における新聞記者の抵抗というモチーフも、それだけ見ればいかにも非タブッキ的だ。しかしながらタブッキ独特の瞑想性はやはりこの作品にも染み渡っており、亡くなった妻の写真と会話し、「魂の連合体」について思いを巡らすペレイラは決して自己完結型の正義漢などではなく、自分の内面を不器用に旅して行く巡礼であり、きわめてタブッキ的な登場人物である。まだ死んでいない文学者の追悼記事を書くというエピソードもこの作者らしいエスプリに満ちて!いるし、「きらきらしている」リスボンの描写はどことなく現実離れしていてとても美しい。地の文と溶け合っている会話も効果を発揮して、独特の浮遊感のうちにストーリーは展開する。ところがこの内面へのベクトルに満ちたタブッキ的世界がペレイラの「行動」という外界へのベクトルと出会うことによって、明らかにこれまでの作品とは異質のカタルシスが生まれる。クライマックスの警察と名乗る男達の侵入のシーンは、タブッキの冥想的な筆致にかかってこそ異様な迫力を持ち得ているし、またラストのペレイラの選択が一際感動的なのもこの小説の静謐さのためではないだろうか。またこの小説に仕掛けられた最大のトリックは小説=ペレイラの供述という枠組みにある(この枠組は最初の一行から読者に呈示される)たったこれだけのシンプルな仕掛けがこの完璧なエンディングを可能にし、作品全体の素晴らしい抑制を可能にしている。瞑想性と切実なテーマが見事な構成の内に調和した、まるで水晶を刻んで作ったような小説である。
タブツキの新境地/ 「インド夜想曲」に失望した方にも
21人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
アントニオ・タブツキのその他の作品を支配するのは、幻想味の行き過ぎた、ある種の「軽さ」だと感じていた。小説として、陰影に欠けるというべきか。 しかし、この「供述によるとペレイラは・・・」は、これまでタブツキの作品を読んで味わった失望感を、一掃して余りある傑作だった。 殆どモノローグといっていい様な、或いは、主人公の主観の薄布を透かして見るような、静かで、内向的な語り口は、読者をたちまち物語の世界に引き込んでゆく。ファシズム、社会主義、スペイン市民戦争・・・異常で、緊張に満ちた時代を設定していながら、この小説の主題とするところは、そういったマクロな事ではなく、むしろ、ある個人の、魂の葛藤である。水面下で、彼のうちに徐々に頭をもたげる衝動と、それによって突如瓦解する物語の均衡。まさにカタルシス、素晴らしい小説だ。