「「不自由」論―「何でも自己決定」の限界 (ちくま新書)」のカスタマーレビュー
買って損した
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一言で言うとわかりにくい。自分よがりの文章で、自分のためだけに書いたものだ。
自己決定って本当に虚構なの?
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我々は共同体の中では実は選択する自由が与えられていない。選択肢一つで構成されている選択群からは我々は選ぶ自由がない。其れをするしかないのである。これは選択しているとはいわない、強制である。しかし我々は其れを選択することを強制させられてるとも感じずに自分で決めていると錯覚する。実際は昔からそうだから、周囲がそうしてるから、という理由で周囲に順応する形で其れを執り行ってるにすぎない。自己決定とは共同体のシステムが生み出した虚構の産物にすぎない。
しかし現在我々は一歩この状況から進んだかのように思われる。それは例えば自分が当たり前だと思っていた振る舞いや習慣に対して自発的に従う必要はないという情報(こういう振る舞いも実はありうる、他もありえたみたいな)をネットか何かで知りえたとする。その結果あまりにも我々の生活に馴致された振る舞いでも相対化できるんだと分かった時に、初めて我々は自己決定へと開かれる。
例えば伝統を選択する、しないの自由が与えられて(この自由は与えられるものではない、上段でも述べたように伝統というものは回避可能だという前提情報があって初めて、見慣れてるものや無意識の振る舞いを相対化し再帰的に思考していくという自由に至れる)、初めてそれらの中から我々は伝統を踏襲するかしないかを選択し決定することができる。こうしたプロセスを経て「自己決定してると思いこんでるだけ」から「自己決定への自由」へ促されるのである。
自由意志の難しさ
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本書では、タイトルではわかりにくいですが、「人間は自由だ」「主体的な個人による自由意志」などといった言説を疑い、その神話の作られた背景を探っていきます。
最近でも、自由意志に基づく治療だからと、インフォームドコンセントはされたからと、一応自分で承認はしているが、ほとんど医師の言いなりといった治療はよくあります。
そうしたときに、どこまで人間は自由なのか、は考えてみる必要があります。
リバタリアニズムな人も、保守的な人も、読んでみるといいでしょう。
自己決定を押し付けることの危険さ
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本来、「人間は自分のことは自分で決めることのできる能力を持っているはず」という考えが、実は虚構ではないかという本である。難しい用語はないが、明快な結論を主張するわけでもないので、よく読み込まないと読後感が残らないことになりそうで要注意である。
最初にアーレントを取り上げて「人間性」の限界について述べてあるが、その「人間性」とは、古代ギリシャで生活の糧を奴隷に依存することによって、経済的利害から自由となった市民にだけ初めて可能となった自由な思考のこととしている。しかし、人間性という概念は一般の読者にとっては、他者を思いやる温かい心といった人間らしさの意味に過ぎず、著者の言う「人間性」は最初から「ポリス的市民性」とでも読み替えた方が理解し易い。
また、第二章で論ぜられる「ヒューマニズム」も、我々には人道主義や博愛主義としか理解されていない。著者も、ここでの「ヒューマニズム」は古代ギリシャ・ローマの文芸復興に繋がる「人文主義」としているが、最初からそう読み替えた方がはるかに理解し易い。
こういった諸概念を成立させた環境がなくなってきたことを自由な思考が困難であることの根拠のひとつとしている。しかし、著者も認めているが、日本人は古代ギリシャの文化的伝統とは無縁である。著者の言う「人間性」や「ヒューマニズム」をひとつの理想型として考えることの意義は、欧米人はともかく日本人には疑問に感じられた。
ここまでくると、敗戦の焦土の中から、高品質の工業製品を送り出す能力や犯罪の少なさで、他国を圧倒する社会を作り上げた日本人の思考能力やコミュニケーション能力について、舶来品の思考から離れて考えるべきではないかという気がしてならなかった。
後半の、自分で考えることのできるようにする教育や、自分で考える権利や義務の条件についての二章は、現代日本で行なわれる建て前の欺瞞の指摘が痛快である。
一読をお奨めします。
判りやすいが、結局判りづらい。
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読んでいくうちに個々の事象を論っては、細かく分析してあるので、
内容に関しては説明が要らないと思います。ただし、それでは何が纏めとなるか、やっぱり判らなくなってしまうんですね。
そこは己れの脳味噌と相談しながら進めていくしかないでしょう。
しかしまあ、「自己責任」とか、「自己決定」とか、流行ったけど、本書がよく書けてると思います。