お話がテーマごとに編集されています。とても透明感があります。洞察をとおしての光でいろいろなものがクリアに見えていくことを感じます。愛調和の中でいのちのきらめきを体現するためにはくもらせるものがなくならないといけないですね。自分勝手なイメージを持っていては核心を取り違えてしまうのでしょう。思考されたものやイメージが常に古いものであることに納得です。こころのなかがイメージに染まってしまえばかぎられた目でしかみえなくなってしもうのですね。
大野先生の名調子で訳されています。
最後の訳者のあとがきの中で「観察者と観察されるもの」についてのわかりやすい解説があります。ほかのかたも書いているとおりですね。ただ後半からささいな意見の違いからか訳者さんの語調ががらりと変わってしまいます。ことなった意見の人をつぎつぎと論破していきます。読んでいて気分が悪くなりました。それはそれとして何が正当とされているかということは大野先生のお話でよくわかりました。しかし最後のところを読むのは試練。それ以外は星100個です。
ところが解説の中の観察者の説明って結局、記憶の中の自動反応、思考の運動を用いていますので、クリシュナムルティがいおうとしたところとは違うことなのだと気づきを得ました。解説者は体験を自分の言葉として語らないので「??」だとは思いましたがこういった仕掛けなのですね。また自分の教えに解説本などは不要とクリシュナムルティはつねづねいっていたそうです。解説を加えているつもりが、違うこといってしまう可能性があるということがこの本でわかりました。

一つ一つの主題がいい