「丸山眞男の時代―大学・知識人・ジャーナリズム (中公新書)」のカスタマーレビュー
幻想の囚われ人への鎮魂歌
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岩波文化・岩波文化人と呼ばれる人々が、確かに存在した時代があった、のだろう。
岩波文化・岩波文化人と呼ばれる人々が、何がしかの影響力を持っていると思われた時代があった、のだろう。
本書は、その象徴とでも言うべき「丸山眞男」その人の心の襞に刻まれたであるろう過去の事象にまで踏み込み、丸山眞男の精神と処世術形成史を探り、その周辺での事件・事象を解明し、戦中から戦後の一時期の「知識人・似非知識人空間」の総体を描き出そうとする竹内洋の意欲作といったところ。
ある時期、水戸黄門の印籠として利用可能であった「丸山眞男」ブランドの凋落と崩壊を、限界のある肉体と精神を持った人である知識人「丸山眞男」を歴史の中に等価に位置付ける一冊である。
ある側面では、丸山は怨念とルサンチマンの嵐に抗した一生といえる。
竹内は本書により、「丸山眞男」ブランド利用者に引導を渡す。
ポスト学生運動世代が読んでも面白い
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戦前戦後の政治状況を踏まえた丸山論なのだが、それだけにとどまらない内容で一気に読んだ。西欧化されたインテリと大衆のギャップこそが日本の暴走を許したとし、大衆のマス・インテリ化を進歩の鍵と考えた丸山は、戦後の政治思想において巨大な存在となる。
戦中は国粋主義者の圧迫に苦しみ、戦後は右派の復活を恐れた丸山だが、彼を引き摺り下ろしたのは、意外にもインテリ化した大衆、革新を叫ぶ新左翼だった。
本編とは直接関係ないが、最終章のメディア・メタ資本化論がとても印象に残った。
大衆の知識人化によって教養は商品化され、質は必ず低下する。そしてメディアの中で影響力をもった人間が、本業でも力を持つというもの。今日、バラエティ番組でトンデモ論をぶって人気を博した元落ちこぼれ官僚が、とってつけたように大学教授になり、知名度をいかしてトンデモ本を売りさばくような時代になってしまった。丸山の目指した日本はこのような国だったのか。そして丸山自身もその元祖だったのか。
丸山真男の出発点1945年8月15日の意味づけを再提起
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既往のレビューはいずれも面白く読ませてもらった。著者も指摘しているが、丸山が8月15日を重視し自分の起点をそこにおいている意味を、本書は多方面から解析している。いわゆる戦後民主主義が60年安保騒動での全学連で開花し、70年に全共闘によって解体する経緯を、丸山政治学の軌跡から捉える仕掛けはいいと思う。逆説として戦後民主主義の虚妄に賭けるとした代表的な論客の破綻を解剖しているから。
70年の全共闘世代が丸山を否定したのは、それほど深い意味ではなかったと思うが、それに激しく反発した丸山は、どこに自分の学説(?)の欠陥があったのかの総括をしていたのだろうか。歴史的古層がそれだとしたら、いささか都合がよすぎる。
最晩年に、彼の師匠であった南原繁の日本史に対する偏見や軽視に思い至っていたのだろうか。病床で口述してまとめた大塚久雄への弔文を見る限り、至っていない。これでは、否定されても仕方ないと感じた。著者がこの弔文を最初にもってきた寓意は巧妙である。
丸山眞男全集と一緒に読みたい
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簑田胸喜のような右翼の台頭に反発していた時代から、学生運動に嫌気がさして東大を退官するまでの知識人層の移り変わりを描いている。丸山の思想研究ではなく、戦後の大衆インテリの中で丸山の言説を読み解く知識社会学によって戦後に本論を書いてみるのが目的だったとのこと。
知識資本・経済資本という分け方などピエール・ブルデューの方法を多用しているので、ディスタンクシオンに影響を受けている人が読んでみても楽しめるだろう。
かつて思想が若者の心を捉え、政治に向かわせた時代があった。それを反面教師にして育った世代のほうが多くなっている。今後は思想が力を取り戻すようなことがあるんだろうか。
傑作
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著者の本はどれも面白いが、私の主観では本書がベスト。巧みな構成、豊かな表現、鋭い分析。読み手を引き込む力がある。幅広い世代の読者への目配りで、ある人には懐かしく、ある人には新鮮に読めるのではないか。丸山眞男の著書を読んだことがなくても問題なく理解できるが、「日本の思想」と「現代政治の思想と行動」くらいを読んでいると、ヨリ一層面白い。