塩狩峠 (新潮文庫)

新潮社 [文庫]
(1973-05)
EAN:9784101162010
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ブックスはた
評価数:1,960 (4.9つ星)
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ユーズド/良い
コメント: 表紙カバーケースにスレキズ、おれあります。小口、背やけあります。店頭併売のため売り切れの際は返金します。
akippe0210
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ユーズド/
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スバル書店net事業部
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¥ 1 ¥659
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ユーズド/
コメント: 1973/05/初版発行、1981/05/ 27刷発行の古書です。カバーデザインちがいます。
トントン1999
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ユーズド/良い
コメント: 表紙に多少汚れあり。
海亀書房
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ユーズド/良い
コメント: カバー:スリあり。ページ部分:おおむね良好です。ご注文確定後、発送通知メールにてお知らせいたします。
ブックマート若柳店
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ユーズド/
コメント: 焼け・ヨレ・汚れと、カバーに傷み・折れあります。状態はよくありません。店頭販売のため在庫切れの場合があります。ご了承下さい。/文庫/1
mina-honten
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ユーズド/良い
コメント: 比較的状態は良いです。店頭にて販売のため、品切れの際返金処理いたします。
【優楽書房】
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ユーズド/良い
コメント: カバースレあり。その他、概ね良好。神奈川県より発送です。
アルゴ
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コメント: うっすらヤケあり。カバーデザイン異なります。
e-co.labo☆
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ユーズド/良い
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「塩狩峠 (新潮文庫)」のカスタマーレビュー

是非お勧めします
もう20年も前に何気なく買って読んだ本ですが,とても大きな影響を受けました。
あえて何も書きません。すばらしい本です。
信仰と出会い真摯に実践した青年の生涯
本作は、明治時代にあって旧弊の中で生まれ育った少年が、
かけがいのない出会いや別れ、青年期の葛藤を通じて信仰と出会い、
大人になってからキリスト教徒として生きることを決意し、
そして信仰と実践を繰り返す果てに世俗的な幸せを超越して行動する…、
その人生の軌跡を、実在した人物(あとがき参照)をモデルに描いたものです。

本作は元々キリスト教徒向けの雑誌に連載されていたものであり、
永野信夫青年の生涯は、イエス・キリストの生涯と重ねて描写されているように思います。
事実、作者によれば本作のテーマは「犠牲」、
それもイエス・キリストが全人類の罪を背負って十字架刑を甘受するという、
キリスト教の根本的な部分にかかわるものです。

しかし、そのようなキリスト教色が強いにもかかわらず、
本書が多くの方に受け入れられるのは、
たとえキリスト教が媒介するにせよ、
永野青年が真摯に内省して成長していく姿に感銘を受けるからでしょう。
そして、本書のクライマックスは唐突に訪れますが、
すでに永野青年の成長と内省の過程で、当然に予期されていたものです。

まだまだふらついた人生を送る自分も、
いつか彼のような澄んだ境地に至りたいものだと思えました。
そのためには、まだまだ出会いや自省の時間が大量に必要でしょうが…。
「正しい人間など一人もいない」という意味
 あとがきの解説において、本書のモデルとなった長野氏の人柄について語る知人の手紙が引用されています。その手紙の
最後で「(前略)長野氏がかつて人を非難し批評したことを私は知りません」とあります。本当にこんな人がいるのでしょうか。
本当だったらとてつもないことだと思いました。正しく生きろ、と言われるよりもこちらのほうが100倍難しく思えます(すぐに人
を否定したくなる俗物の私には絶対無理です)。

 しかし主人公信夫にも確かにそうした長野氏に通じた態度があります。もちろん心の中では他人との関係において悩み、恨
みやねたみや自己嫌悪等のジレンマを抱えています。彼は正しくありたいと思い何が正しいのかを常に考え抜いて行動してい
るに過ぎません。思考停止した絶対的正しさを拠り所にして突き進んでいるわけではありません。だから結果的に信夫の口か
らは他人を安易に否定する言葉が出てこないのだと思います。逆に言えば他人を批判するのはその人が「自分は正しい」のだ
と思っていればこそで、一歩間違えば単なる傲慢に繋がりかねません。
 なぜ傲慢かと言えば本書に出てくる言葉、「義人なし、一人だになし」だからということに尽きると思います。

 「正しい人間などこの世にいない」という前提があるからこそ(答えがないからこそ)何が正しいのかと悩み考え努力し続けるこ
とをやめず、そしてその困難さを知っているからこそ、ついつい自分の欲や弱さに負けてしまう人の気持ちも理解でき、許す気持
ちも持てるのだと思います。だからこそ信夫の行いは「結果」に過ぎず、行い自体が尊いとは思っても「正しい」「そうあるべきだ」
などとは私は全く思いません。我が身かわいさと恐怖から、信夫のように人のために命を投げ出せなかった「結果」を自分で責め
恥じた人がいたとしても、その前提となる「正しくありたい(のに出来なかった)」という気持ちの存在もまた尊いものに思われます。
絶対視された「正しさ」を自分のモノサシとして「正しく生きる」だけなら何も難しくはありません。
 本書は、絶対的正しさなどないと自覚してこその「正しくありたい」と願い生きることの困難さゆえの尊さを示してくれています。
涙しました
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高校時代に涙ぼろぼろで読んだ作品です。

ふと思い返して、再び読んでみました。

あのころとはまったく違ってしまった自分ですが、
同じようにこの本に感動できたことが
嬉しかったです。
思い出の作品
 この本は、僕が主体的に『聖書』を読もうと決心した本です。イエスの教えは、どれをとっても、その実行が難しい。物語の途中で主人公はそれを身をもって、経験します。でも最後には、おそらくは一番難しいであろう、イエスの教えを実行します。「一粒の麦、地に落ちて死なずば、唯一つにてあるべし。地に落ちて死なば、多くの実を結ぶべし」という教えです。彼は自分の命を犠牲にして、汽車の乗客たちの命を救いました。自分の命とひきかえに、万民の罪をあがなった、キリストのように。この本と出会っていなければ、僕は主体的に『聖書』を読むことはしなかったでしょう。『聖書』と取り組まなければ、僕の好きな太宰治の作品の魅力は半減していたことでしょう。たとえば、太宰が繰り返し語った話に、難破した水夫の話があります。この話もまた、「一粒の麦……」というイエスの教えを踏まえたものではないか、と僕は考えています。この話は、難破した水夫が、自分の命とひきかえに、燈台守一家の幸福なひと時を守る、というものだからです。
 


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