プルーストには恋愛と同じぐらい家族への温かい眼差しがあるなあ・・と思わされる一章です。「私たちはよく、死がいつやってくるかわからない、と言う。」で始まる「死」についての考察。健康な人にとっては、死は遠いところ、見えないところにあるけれど、病気の人、年老いた人にとって死は、とても身近で昨日の続き、今日の昼ごはんと夕ごはんの間にあるとてもフツウの出来事なんだ。お祖母様はコンコルド広場をコンヴァーテイブルの馬車でお出かけなさって、僕の隣でお知り合いに挨拶なさっていたんだ。苦しみの始まる直前に。僕は若くて気がつかなかったけれど、わかる人達にはわかってた。「深淵にずるずると落ちこみそうになって、髪をふり乱し、目は血走り、もはや瞳の支えきれなくなったイメージが次々と押し寄せるのでこれに対抗することもできず、絶望的にクッションにしがみついている。」そういうお祖母様を僕は愛情を持ってしかも冷酷に観察する。なんて僕は冷たい男だろう!そして僕はどんなにお祖母様を愛していることか!
ものを書く人の心が痛烈に沁みる一節です。目の前で苦しんでいる人を写真に撮る。TVに映し出す。それと同じ事をプルーストはここでやっています。血を流し、死んで行く人を他人に見せる、報告する。死を実況中継するのは本当に人間に許される事なんでしょうか?死んで行く人に愛情のない人以外にはやってもらいたくない。苦しみを一緒に苦しんでくれる人にしか書いて欲しくない。そんな気持ちにさせられる素晴らしい一章がここにあります。

祖母の病気と死