「明恵 夢を生きる (講談社+α文庫)」のカスタマーレビュー
華厳経を通して釈迦に近づこうと夢と人生にかけた
明恵は1173年に平家方の武士の家に生まれた。生年は浄土真宗開祖・親鸞と同じである。8歳の時父は頼朝挙兵の際の戦いで敗死したため、9歳で神護寺に入山した。彼は釈迦の行き方に強い思慕を抱き、仏教の奥義とされる華厳経に奉じて厳しい修行に励む。13歳で「すでに老いたり」と自覚し、出家した。自分の耳を傷つけたり、犬に食われても構わないと墓場で身を横たえる捨て身の修行なども行う。19歳から自分の夢を記録し始める。その記録の数量ともに世界有数のもので、現代からみて「文化史的に個人の、異常ともいえる内的体験に主体的に取り組んだ本邦では最初の人」という讃辞を受けている。この夢の記録を日本のユング心理学者の第一人者といわれる著者が分析した。ユングの言葉では「夢の一般的な機能は、微妙な方法で心全体の平衡性をとりもどさせるような夢の材料を産出することによって、心理的平衡を回復させる試みなのである。これは、私が、われわれの仕組みにおいて、夢の補足的(あるいは、補償的)役割と呼んでいるものである」。
歴史上の有名人にまつわる夢の話は多いが、明恵の場合前兆にとどまらず、宗教体験として夢を重視し、そのもつ意味について自ら分析を加え、夢を観想に通じるものとして、観想・夢想の功徳を評価している。34歳時には、後鳥羽院から高山寺の土地を下賜されたとき、夢の中で自分だけの修行ではなく、周囲への布教する用にと暗示する夢をみて、決心する。また明恵が春日明神の神託により渡天竺の計画を中止した1203年は、イスラム教徒がインドを席捲し、当時の仏教教学の中心であったヴィクラマシラー寺院を破壊し、これによってインドの仏教は絶えてしまったとされ、夢のお告げにもテレパシー的要素もはらんでいる。 ユングは目は母の子宮を象徴するものと分析しているが、明恵は仏眼に「母御前」と呼びかけて母を慕う気持ちをもろに表現している。
また明恵は多くの性夢を記録し、夢の中で交わりをまでしているものの、破戒を肯定するものと解釈せず、女性との精神的交流のレベルアップにつなげていく。
日本の仏教では多くの僧侶は女性の戒を遵守していない場合が多いが、明恵は仏教の戒「戒・定・慧」を守って生き抜いた、生涯不犯の日本唯一の清僧とされる。また、日本の武士社会の規範となった「御成敗式目」(貞永式目)は北条泰時により、発布されたが、明恵はその精神的支柱となった評価されている。
夢に関する名著
1人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
夢というのは私たちの顕在意識を補償するものだといわれている。人間はそのように心的バランスをとって生きているのだが、目が覚めて忘れてしまいがちな夢を無意識からのメッセージと捉え、継続的に記録することはなかなか大変なことである。また自分の夢を生きることはそう簡単にできることではない。なぜなら自我を意識しながら、同時に自我が世界の中心にないことを知るということは自我にとってパラドックスだからである。さらに、そのパラドックスのなかで人格を高めるということは並大抵の意識では困難極めるのだと夢の専門家河合氏は言う。その河合氏がこの人は、と推す明恵の夢分析にはユング心理学は門外漢である私でもなるほどとうなってしまう。納得してしまうのである。そのわかりやすさにわかった気になっている自分が怪しいほどである。河合氏の説明は常に相手を肯定し合理的なのである。
さらにこの本では、名僧明恵の生きた時代と日本独自の仏教解釈がわかり、そして明恵の夢を解読するために、心理学の偉大な二人の父、フロイトとユングの違い、またアニマアニムスに代表されるユング心理学の特色が理解できるガイド本でもある。精神世界系に興味のあるひとにも是非知って欲しい本のひとつである。
ユング心理学と仏教の親和性
4人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
ユング心理学の河合隼雄氏が、鎌倉時代の名僧、明恵上人をとりあげ心理学的見地から仏教の奥深さを語っています。
「夢見の技法」は、チベット密教では非常に重要視されていますが、日本華厳宗の僧侶である明恵が、こんなにも「夢」に重点を置いた仏道修行をしていたということは注目すべきだと思いました。 本書は明恵の夢の解釈の奥深さをつぶさに分析していき、また、華厳思想の考察もあり、大変おもしろくよめました。
そして本書は明恵だけでなく、法然や親鸞といった革新的な浄土思想の師にも触れてました。とくに著者による親鸞の、明恵とは別方向からの「悟り」への道筋の分析や、明恵は意識上での非難とは裏腹に無意識下では法然や浄土思想を評価していたのではという指摘は興味深かったです。
著者の、なみなみならぬ明恵および当時の仏教への関心と理解の深さを感じました。
「仏教界の堕落」「日本の仏教は死んだ」と言われる事がありますが、過去の仏教の歴史に触れると、今も昔も変わらないんだな、と思います。既成宗派が組織化して教条主義や形骸化が起こるのは、チベットでもタイでもインド初期の仏教でも多かれ少なかれあったりいわれたりしたことのようです。
しかし、そうしたただ中からこうした人物が出てくることも事実であり、仏教自体が現在まで脈々と流れているということを考えれば、簡単に幻滅する事はないと思います。
人間というものが変わらない以上、積極的にこうした人物から学んでいきたいと思わされました。 人間の精神の可能性や、仏教のもつ普遍性について、多くを学べる本だと思います。
夢にここまでこだわってきた人々が中世以前にもおったとは
3人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
明恵(みょうえ)は、平安〜鎌倉時代の名僧である。主に、京都や紀州に居を構えていた
鎌倉仏教と称される新興の法然や親鸞と対置され、旧仏教側の有力者とされる。
仏教史の上からは新興勢力ほどのに重きをおかれることはないが、鎌倉幕府の「法令」であり、後の社会にも影響を与えたとされる「貞永式目」の制定に大きな影響を与えたといわれている。
そしてなによりも、生涯にわたり自身の夢の記録をつけ、「夢記」として残したことが、臨床心理学者であり、夢分析の大家である河合氏と明恵を結びつけた。
河合氏は本書の中で、明恵の夢を実証的に分析することを通じ、その時代の日本社会を、明恵自身を、夢分析ということを、ユング心理学というものを我々に知らしめてくれる。
古文が頻繁に引用され、決して読みやすい本ではないが、それだけに労作であろうことが窺える。
僕自身、夢に関する問題意識というモノがこれまでほとんどなかったのだが、「夢」なんてものにここまでこだわってきた人々が現代社会のみならず中世以前にもおったとは・・・。
我が不明を恥ずる次第です。■
河合隼雄のもう一人の師 明恵
6人中、4人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
河合隼雄氏は師と仰ぐ人をユングのみならず、もう一人、明恵をあげている。
明恵の記した夢の日記は膨大であり、長年にわたり、これほど夢に関心を持ち続けたのは
世界でも、明恵しかいないのではないかといっている。河合氏はそこに惹かれるという。
明恵は禅定を専念し続けた。禅定によって不可思議なことが起きても、それにとらわれたり、
過大視することはなく、合理的精神を持っていたという。現代においてではなく、中世の
時代においてであるから、なおさら、その姿勢に驚く。明恵は夢に対しても同じ姿勢をとる。
夢を現実と同じように大事にしながらも、現実とは区別する。そのバランス感覚が優れている
という。
明恵は山中に引きこもって、禅定修行にひたすら専念することを希望したが、人々の求めに
応じて、説法教化に勤めた。
河合氏は、仏教を本当に理解するためには、禅定修行が必要であろうといっている。
仏教学者の玉城康四郎の著書を参照している。
おそらく、明恵も禅定によって、玉城康四郎のいうダンマの顕現を体験していたであろう。
河合氏は本書において、そうは述べていないが、そのように思っていたのではないだろうか。
ダンマに専念することは、他の仏道者にも共通するものである。仏道の本来の学であるから、
そうすることは当然である。明恵もそれに従っているが、明恵の特徴として、長年にわたり、
夢に注目し続け、日記を記したことであろう。他の仏道者にはない特徴である。
河合氏はそこに注目する。
仏教とユング心理学との関係を知る上で、明恵の事例は学ぶべき点が多くあるのかもしれない。
河合氏はユング心理学と仏教との関係について、『ユング心理学と仏教』において
述べているので、関心のある方はそちらも読むことをおすすめする。