本書は、脳の血管の病気によって「高次脳機能障害」という脳障害を負ってしまった山田 規畝子さんの2作目。
山田さんは1961年生まれで、現在、息子さんとふたり暮らし。整形外科の医師として院長をされていた経験もあり、
現在は、医師としての知識や使命感から、執筆や講演活動をされているようだ。
前書、『壊れた脳 生存する知』が時系列に編まれた半生記であるのに対し、こちらは日々の生活を綴ったエッセイ。
高次脳機能障害をまったくご存じないという方には、ストーリーが分かりやすい1作目がおすすめ。
だが、高度脳機能障害を負った方や、その家族、医療スタッフなどには、
実生活に光を当てたこちらの方が得る所が大きいように思う。
1作目の読了後、山田さんの前向きなバイタリティに関心する一方で、
恵まれた環境(医師である家族、友人、ご自身が医師であることによる知識量など)は、誰にでもありそうになく
、あくまで、特異な立場にある方なのかな、という感想も正直抱いた。
だが、この2作目を読むと、やはり障害を持って生きるということは甘いことではなく、
へこむ毎日の中で、なんとかして自分を鼓舞しようとされていることが読み取れ、
思わず、がんばれ!と素直に応援したくなった。
「介護少年」と呼ぶ支えたり、支えられたりの親子ののやりとりも、ほほえましいし、うらやましい。
そして、彼女が自分をコントロールしようとする時に登場する「前子ちゃん」の存在は、
脳科学に興味のある方は、とても関心をそそられると思う。
今後も、山田さんの活動には、ぜひとも注目していきたい。
そして、どのような立場の人であっても、
生きている限り希望を見失わずにすむような世の中になっていきますように!

それでも前に向かって