「プラスティック・ソウル」のカスタマーレビュー
天才
3人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
だとは思う、素直に。実験的色合いが強いですね、連載小説という意味あいにおいて。
自分を分裂させて、客体として自己を見つめる。阿部和重がデビュー以来もっとも一生懸命取り組んできたことです。分裂しきれていない客体、みたいなものといえばいいのだろうか。
語り手、というか、一人称というか、誰の視点か、というかが際限なく分裂していく。おまけにドラッグやニワトリなみの記憶力のせいで、話の展開や人間がことごとくずれていく。
主人公はやんでいるが、結局その病は癒されることはなく、まるで世界の崩壊を思わせるようなラストシーンまでぐるぐるぐるぐる突き進む。やっぱり阿部和重はいいです。
批評性よりも同時代性
3人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
『グランドフィナーレ』以来なので1年半ぶりくらいに阿部和重の小説を読んだ。けれどこれは『シンセミア』よりも以前に書かれたようだ。特に彼の分岐点とかって言われるような作品のようだけど、それほど分析的に読むわけではないので気にしない。
そもそも「主体の分裂」など、彼の批評性に注目した書評は多いけど、何故そうなってしまうのかよく分からない。確かに語り手が突然変わったり、二重に話していたり、トリッキーな構成は目立つ。けれど小説がそれほど行儀の良い書かれ方をされている読み物だとは思えないし、もっと不可解なものも多い。
むしろ阿部和重の小説は読んですぐに彼の作品と分かるようなスタイルがあって、それを支える形式的な中に批評性があるのだと思う。だから数字がどうの、名前がどうのと記号的な解釈で読み解こうとするよりも、主人公の執拗なまでに過剰な自意識はいったいどれくらい笑えるものなのか、どれくらい普遍的なものなのか、どれくらい時代性に合ったものなのかに興味が湧く。
ともに大柄なためただでさえ抑圧的に見える編集者二人は、決して控え目とはいえない態度で、そうしたことを告げていった。
上のような文章などによって、自意識に支配された思い込みによって、限定された視点によって、視覚までもが狭まっていくような閉塞感に、ほんの少し笑みを浮かべてしまう自分はふと思う。「ここ、笑うところでいいんだよね?」。むしろそこが気になる。
表紙にまで、、、
8人中、0人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
表紙にまでプラスチック的にしなくてもいいかな。
だって読みにくいんだ。
それに下手したら指を傷つける!切れる!
そんなうれしくもなデザイナーの創作のための無駄なことするくらいなら価格を下げる方がいい。
やや高いんだよ、これ。
内容はいつもの阿部さん。
だから阿部さんを好む人なら読んで損はない。
快調?!なあの阿部さんがいます。
★3つなのは本らしい装丁が好きなのでツルツル表紙がマイナス。
硬いけど飽きない。
3人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
21世紀の日常の見える事がない不透明な空気を書いている
と思った。空虚感というより、慣れたあきらめの様な。
それを字にして書けるのは、村上春樹や阿部和重というのが私の考えですが、
今作は失踪があったり、覆面作家の仕事の依頼など奇妙な事件が頻発し読んでいる間、飽きる事がなかった。
硬い感じで書いているのに退屈させない事だけでも最近ではまれな本だと思うし、
なにより主人公の行動範囲の狭さや知人の数の少なさ、それ自体が現代批評であると感じた。
Plasticsoulというのは「作り物の魂」という事なのかな。
阿部和重の本は読んだあと元気になるようなものではないが、少し
だけ元気になるのは不思議である。